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東海フォーラム設立にあたって 代表伊藤容子から

「レイチェル・カーソン日本協会東海フォーラム」の設立にあたって
代表伊藤容子
 名古屋市役所の職員であった私は、2002年4月から2年間名古屋市環境学習センター(エコパルなごや)の館長を務めました。エコパルなごやは1995年に設立された主に子供たちのための環境学習施設で、伏見ライフプラザの13階にあります。設立時は最新の機器であったバーチャルシアターなどがあり、映像で自然環境の大切さを伝えるなど、都会ならではの施設でした。しかしながら時が経つに伴い機器は故障が多くなり、更新を余儀なくされたためリニューアルすることとなりました。
 どのような施設にするかということを検討する段階で、大阪市環境学習センターの施設見学に行きました。花博の跡地公園の中にあり、3階建の立派な建物でしかも裏手には棚田が作られており、水車小屋もありました。
 広い図書コーナー、そして、パンフレットコーナーもありました。そこに、桃色の小さなリーフレットを見つけました。表紙にレイチェル・カーソンの顔が印刷されています。「あ、沈黙の春の作者だ!」と思い出しました。私の本棚にずっと前からある「沈黙の春」の文庫本の著者。これがレイチェル・カーソン日本協会との出会いでした。
 
 そして、2003年5月3日4日の名古屋でのエコパルリニューアルオープンの記念事業には、レイチェル・カーソン日本協会会長である上遠恵子さんと関西フォーラムの代表である原強さんにお越しいただき、講演と映画「センス・オブ・ワンダーレイチェル・カーソンの贈り物」上映を行いました。
 2008年から日本協会は関東と関西に分かれ、緩やかなネットワークとしての活動を開始し、私は関西フォーラムのメンバーとなり、京都での勉強会に参加するようになりました。
そして、こうした勉強会を名古屋でも行いたいと思うようになりました。
 2014年に、エコパルなごや20周年記念行事が行われ、そこで上遠恵子さんの講演と映画「レイチェル・カーソンの感性の森」上映があり、講演後のシンポジウムには当時天白区長であった私も参加しました。ライフワークとして環境教育を行いたいこと、東海フォーラムを設立したいことをお話しました。
 2016年3月に名古屋市役所を定年退職し、2016年度のなごや環境大学共育講座を企画運営し、「環境と私たち ~レイチェル・カーソンの遺したものから」を8回シリーズで実施しました。翌2017年度は、公害対策基本法施行50年を機に日本の公害と名古屋市の状況を比較する形を取り入れ、「日本公害史」はじめ8回の講座を実施しました。
 この2年間で東海フォーラム設立の準備を行い、2018年4月14日に6人の同志を発起人として東海フォーラム設立に至ったところです。

 レイチェル・カーソンを語り継ぐことは、次の世代の人たちに確かな地球環境を残していくことにつながると思っています。2014年レイチェル・カーソン没後50年に「レイチェル・カーソン 今に生きる言葉」という本が上遠恵子さんによって書かれました。
そのなかからカーソンの言葉をご紹介します。
「わたしたちが住む世界に汚染を持ち込むという、こうした問題の根底には道義的責任―自分の世代ばかりでなく未来の世代に対しても責任を持つことーについての問いがあります。当然ながら、わたしたちは今現在生きている人々の肉体的被害について考えます。ですが、まだ生まれていない世代にとっての脅威ははかり知れないほど大きいのです。彼らは現代のわたしたちが下す決断に全く意見をさしはさめないのですから、わたしたちに課せられた責任はきわめて重大です。」(『失われた森』より)

「地球の美しさについて深く思いをめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで生き生きとした精神力を持ち続けることができるでしょう。
 鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な美と神秘がかくされています。自然がくりかえすリフレインー夜の次に朝が来て、冬が去れば春になるという確かさーそのなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。」(『センス・オブ・ワンダー』より)

レイチェル・カーソンの言葉や警鐘を胸に、この地域の仲間を集め、レイチェル・カーソン日本協会東海フォーラムとしての歩みを進めていきたいと思っています。
              レイチェル・カーソン日本協会東海フォーラム
               代表     伊藤 容子




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Theme: 社会教育
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